真田氏が城下町造りを行い、さらにその周囲に城下囲八邑(村)の一つとして、屋敷年貢を免除した太郎山麓に近い新屋等から移して造った村。上田城築城当時の図と伝えられる天正の古図にも、この地を新鎌原と記してある。