真田氏は上田城築城天正11年(1583年)のあと城下町造りを行い、さらにその周囲に城下囲いの村々を造り屋敷年貢を免除した。西脇村もそのとき太郎山の麓の下西脇から移った村であり、下諏訪春宮の一御柱造営次第記録(永正3年(1506))には西脇の名が記されている。